カップルがうまくいくために考える事

*私がイエスと言うと彼はノーと言う。それでがっくりくるのカップルがうまくいくためにはパウラは一緒に住んでいるパートナーを〃ネガティブ・ニック〃と呼びます。なぜなら彼は、いつも物事の悪い面ばかりを見るからです。ある日、出会った彼女の会社に新しいビデオ電話が初めて入り、彼女はとても興奮して家に帰りました。それは、遠距離のクライアントと画面を見ながらコミュニケーションできる新しいシステムでした。しかし、その話を聞いたニックは、「そんなのは一時の流行だ。キミがわくわくしているのも1週間で消えてしまうよ」ととりつくしまもないのです。パウラはがっかりしました。そして、彼の悲観主義が、彼女の楽観主義にまでいかに影響を与えているか、どうにかしてニックにわかってもらいたいと思ったのでした。 あなたのパートナーは生まれついての悲観主義者であるかもしれません。その場合、個人的感情がその原因ではありません。あなたのパートナーは、自分の世界観を表現しているのであって、あなたに対する態度や考え方だけがとくに悲観的なのではないのです。ニックのような男性は、人生を〃暗いメガネ〃をかけて見ているようなものです。おそらく「わけのわからない連中や状況については信用するな」という態度を生まれて以来たたき込まれてきたのかもしれません。そして、悲観主義の人が〃バラ色のメガネ″をかけた人と一緒になると、無邪気な人が有頂天になってしまうのを守るつもりで、その悲観主義を前面に出すのかもしれません。


参考:安心 出会い系
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厳父慈母

母親のほうが真剣なのです。仕事の関係もありましょうが、小中学校のPTAの会合に出席するのは、九十九パーセントまで母親にきまっています。ですから、母親が子供の教育について、こういうふうに自負するのは、あたりまえの話なのです。ところが子供がだんだん大きくなって思春期に達するやいなや、母親ははじめて、父親もまた子供の教育について責任を負うべきだということを、あらためて反省するようです。つまり、思春期に達し、子供がもはやだんだん母親のいうことをきかなくなるからです。もし、いま申しあげたようなことが、普通のぱあいだとすれば、私は、あな、たがたにこうした母親のあり方を、根本的に反省してもらいたいのです。子供の教育について心配のないときには、夫になにひとつ相談せず、心配なことが起ってから夫に相談するというのでは、夫だって進んで妻の相談相手にはならないでしょう。理想的にいえば、赤ちゃんのときから、どんなことにでも夫の意見をきいてみるというふうになさるのがほんとうだったのです。それでしたら、夫も、いつの間にか子供のよい教育者になっているはずです。日本では昔から厳父慈母という言葉があります。平たくいえば、子供を可愛がるのは母の役目、つまり、夫をよい教育者につくるということは、夫をききめのある叱責者に仕立てあげることではないのです。けれども、この世にこういう母親がどんなに多いことでしょうか。「あなたからも少しいっていただかなくちゃl」、妻は、しばしば夫にこう訴えるものです。

出典:結婚相談所 比較

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結婚後の出産

もちろん、よくはありません。第一に、そうでなくてさえ人口過剰で苦しんでいる日本の現状から。第二に、母親自身のために。第三に、つぎつぎと生まれてくる子供自身のために。医者のいうところによれば、健康なひとりの女性がその一生のうちに生むことのできる子供の数は二十人から二十五人までとされています。もしあなた方にじゅうぶんの健康があり、あなた方にじゅうぶんの経済能力があり、そしてさらにあなた方に子供はいくらいても多すぎるものじゃないという考えがあるとすれば、二十人から二十五人の子供を生むことができるわけです。そういうぱあい、あなた方は喜んで二十人以上の子供の母親となりますか?「じようだんじゃないわ!」あなた方はきっとこういわれるにきまっています。五人でも多いと思っているのに、二十人もいたとしたらどうなりましょう。¥ハカバカしいことをきくもんじゃない!確かに、そのとおりなのです。二十人の子供を生み、かつ育てる能力なんて、あなた方にはあり得ないのです。いいかえれば、ただたんに、子供を生むことができるというあなた方女性の生理的能力と、その子供をじゅうぶんな母性愛をもって育てることができるという能力とは別ものなのです。生むということは、育てるということではないのです。何人もの子供を生めるということと、その生んだ子供に対してよき母親であり得るということとは、ぜんぜん別のことなのです。あなたは

出典:出会いがない 社会人

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結婚と育児

人間の子供は、魚の子供たちとはちがって、育てるのに手数がかかりすぎます。生れてすぐひとりで生活できないのが人間の子供たちなのです。こんなわかりきったことをいまさら書き立てたのはほかでもありません。もしあなた方に二十人以上の子供を生める力があり、しかも二十人なんて育てる力がとてもないものとすれば、けつきよく、あなた方は産児を制限するよりほかにない。これをいいたかったのです。もちろん、あなた方は産児制限をしなくてもふつう二十人以上を生むことはありません。「自然」があなた方の味方をして産児制限をやっているわけですから。けれど「自然」は、いつでもこういうふうにあなた方の味方をするものでしょうか。それどころか、「自然」は人間をもふくめてあらゆる生物に向って、「生めよふえよ」と命令しているのです。ですから自然のままに放っておくことは、あなた方がいくらでも子供を生むということなのです。ものごとは、極端なぱあいを考えると、はっきりします。「私には育てる能力があるのだからいくら生んでもいい」という考えは、すべての母親が二十人の子供を生んだとしたら、どういうことになるか、それを考えれば、じきにそのよしあしが判断のつく問題です。あなた方は健康にまかせて二十人生むべきではない。いや十人でも多すぎましょう、いや、いや、それどころか、その半分五人でも多すぎます。子供を生むことは、生理の問題です。ところが、子供を育てることは、心理の問題、神経の問題なのです。子供を次から次と生み、かつ育てることは、あなた方がほんとうに疲れきってしまうことです。身も心もクタクタに疲れきってしまいながら、しかも、その疲れた体と心でどうして子供を幸福に育てることができましょうか!面倒見が良いオンナはモテます。

出典:出会い系 サクラいない

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子供は敏感

それにまた、子供というものは、そういう点でおそろしく敏感なものです。子供自身、自分が「アンウォンテッド・チャイルド」であったことを、いつのまにか感づいてしまいます。どんなに母親がこのことを子供にかくそうとしたところで、子供は本能的に自分の不幸な立場を知っています。「お母さんは、ほんとうはわたしを生みたくはなかったのだ!」子供がある日、こう感じたとしたら、これほど子供にとって暗いことがありましょうか!「私の人生は第一歩からのろわれているのだ」、かりに子供心にもぼんやり、こう感じたとしたら、これほど彼にとってつらいことがあるでしょうか。子供は、自分がよその子供のように愛されていないことを知ってしまいます。そして、子供はこの世が自分を歓迎してはくれないことを感づいてしまいます。子供はヤヶになります。お母さんをにくみます。彼は世間をのろいます。lこういう子供が、将来暗い運命をたどるようになることは、当りまえではないでしょうか。子供にとって母親を愛しきれないことほどつらいことはないと思います。子供を愛しきれない母規よりも、この子供のほうがもっともっとつらいだろうと思います。私は先日ヨーロッ・〈の女性の歴史に関する小さな本を読みました。この女の歴史のなかで、いちばん大きく取り扱われているのは、「嬰児殺し」の問題でした。「嬰児殺し」はどの時代にもきびしく罰せられました。それにもかかわらず、この犯罪はなくなるどころか、ふえる一方でした。いちばん嬰児殺しの盛んだったのは中世時代といわれています。ところで、これらの嬰児殺しの犯人はほとんどいつも母親自身だったのです。「どうしてお前自身の生んだ子供を殺すなどという残酷なことをするのか?」こうある母親に男がきいたとき、その母親は言下に答えたそうです。「こういうことは男の口出しすることじゃない!」嬰児殺し、それは母親の手によって行われました。殺された嬰児は「望まれざりし子供」たちであったろうと思われます。「望まれざりし子供」を殺すことによって、中世以前、中世の母親たちはいくらかでも彼女自身も女の苦しみから解放しようとしたものと思われます。「望まれざりし子供」は生んではいけない。第一は、母親自身のために、第二は、その子供のために…………

出典:【結婚相談所の選び方】1年以内の婚活

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